history

1900’s 戦争と大恐慌を乗り越え更なる発展を遂げた1900年代

タイタニック号、ヒンデンブルグ、2つの世界大戦などを背景に、フォートナム・アンド・メイソンは配給制を耐え抜き、ビートルズやエルビス・プレスリーの時代にも愛され、その基盤は揺るぎないものとなっていきました。


1914年-第一次世界大戦

第一次世界大戦勃発
当時フランスとフランダース地方で兵役に従事していたフォートナム・アンド・メイソンの従業員は、帰国後も以前の職に復帰することができることを保証されており、驚くほど多数の従業員が苦難を乗り切り帰国しました。その頃、ロンドンでは女性達がめざましく活躍しており、食料は着々と戦場の兵士たちのもとへと送られていったのですが、その戦場で間もなく、私達ははびこるねずみが食料を食い荒らすのを防ぐのには、金属製の缶が一番有効だということを知ることになりました。


1922年 - 遠征探検

エベレスト遠征とその他数々の遠征、そして探検
フォートナム・アンド・メイソンは、「遠征探検」専門部門があった唯一の店でした。バターナイフやソースボートなどの細かなものまで、当時の遠征探検隊員にとっての必需品が遥か遠いアフリカやヒマラヤへと渡っていきました。例えば1922年のエベレスト登頂遠征では、60缶のうずらのフォアグラや4ダースのシャンパン(モンテベロ 1915)が、隊員たちにとっての必需品でした。

若きテンジン・ノーゲイを含む1933年の遠征隊員一行をひどくがっかりさせた事件がありました。それは、遥々運んできた箱に詰められた食品が石にすりかえられていたのです(おそらく現地の詮索好きな税関役人の仕業でしょう)。残っていたのはスティルトンチーズだけでした。チーズの包装紙には穴があけられていたのですが、きっとあの独特の匂いがネパール人の嗅覚には耐えられず、手付かずのままで残されていたと思われます。
また、ハワード・カーター率いるツタンカーメン探検隊は、少年アテン太陽王の偶像などの古代遺物や美術品を、英国王室の了解を暗に意味すべく、フォートナム・アンド・メイソンのワインケースを使って目録分類をしたといいます。


1925年 - 新部門誕生

大々的改装、新しい門出と新部門の誕生
みなぎる活気にあふれたジャズ時代を背景に、婦人服装飾品、子供服、台所用品と香水がラインナップに加わりました。


1930年代 - ニューヨーク、カウズそしてマハラジャ

ギブ・ ミー・ユア・ハングリー...(当時アメリカが移民を呼びかけたときのフレーズの一部)
大西洋を越えたアメリカでも、フォートナム・アンド・メイソンの製品を求める声が高まっていきました。それに応えようと、マディソン・アベニューに本店に勝るとも劣らない壮観な7階建てビルを構えることになりました。しかし、大恐慌の波が押し寄せ、フォートナム・アンド・メイソンは光り輝く星が短く燃え尽きてしまうかのように暗黒にのみ込まれてしまいました。
ロンドンからそれほど遠くないカウズでは、支店を設けそこから毎年恒例のヨットレースに招かれた観客のために、自らのモーターボートでフォートナム・アンド・メイソンの食品を運搬しました。1935年のジョージ5世25周年祝賀会には、皇太子や有力著名人たちが大英帝国各地から集まりました。そこで世界各国からの最高級品輸入を手がける老舗フォートナム・アンド・メイソンは、要人達のニーズに応えるよう使命を受け特別部門を設けました。フォートナム・アンド・メイソンだからこそ可能だったと言えるでしょう。


1940年代 - 第2次世界大戦

戦争勃発
ウェリントン時代以前から軍人や兵士たちの食事には欠かせない存在であったフォートナム・アンド・メイソンは、缶詰牛肉以外のものも供給しようと軍人専用部門を設置することにしました。従来の食品のほか、防虫パウダー、舶来たばこ、銃剣に使うニッケル電気メッキの銀チップ、ナイフとフォークがひとつになった銀メッキの「スポーク」まで、ありとあらゆるものを扱っていました。 戦時中とはいえ、上品な礼儀作法を忘れることのないよう、フォートナム・アンド・メイソンは従軍女性運転手用に膝上までを覆うストッキングを考案し特許権を取得しました。


1964年 - 時計

1964年にはフォートナム・アンド・メイソンの建物正面に、かの有名なフォートナム時計が設置されました。ビッグベンと同じ鋳造工場で作られた18個の鐘が15分おきに心地よい音色を響かせ、毎時ごとにフォートナムとメイソン両氏の人形が、まるで「ちょっと様子を見にきたよ」と言うかのように姿を現します。


1984年 - バンド・エイド

フォートナム・アンド・メイソンのレコード販売
1984年の冬、従業員が“Do They Know It's Christmas?”のシングルレコードを売るべきだと主張する、というニュースが英国内で大きく報道されました。フォートナム・アンド・メイソンはその案を熱意をもってとりあげ、その曲を普段聞かないような人たちへも慈善的メッセージを発信するのに一役買いました。

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